「よぉしっ、行くか?」
久々のオフ。
天気が良かったから、俺は飼猫のししゃもを連れて散歩に繰り出すことにした。
「なー♪な〜っ♪」
外に出られたことが嬉しかったのか、嬉しそうにはしゃぐししゃも。
「あんまり走るなよ〜」
そんなことを言う俺も、言葉の端々が少し浮かれていたような気がする。
こんなにのんびり出来るのは、仕事をしている以上、久しぶりの事だったから。
「な〜〜」
普通、ネコと散歩なんてしないんだろうけど。
ししゃもは俺の歩きに合わせて、のんびりゆっくり色々なものに興味を引かれながら、歩いてくれている。
それがちゃんと考えてくれての行動なのか、ネコ特有の気まぐれからなのかは俺には分からない。
ただ、一緒に歩けるならそれで良いんじゃないかと思う。
「なー♪……な?」
ぴたり、と突然ししゃもが立ち止まった。辺りの気配を探っているような、野生の動物の動き。
「なっ!」
一声鳴いて、駆け出す。クリーム色のしっぽがゆらん、と揺れる。
「お、おい?!…………。」
少しだけ肩をすくめて、俺はししゃもを追った。
ぜーはーぜー…
いつものスーツよりラフな格好とはいえ、ちょっと走っただけで息が上がってしまった。
…運動不足だな…。
「アイツ…どこ行った…?」
きょろきょろと見回しながら、曲がり角をもう一つ曲がる。
「な〜〜〜vv」
「きゃ〜っvくすぐったーいvvあなた可愛いね、どこから来たの?」
「な〜〜〜〜〜vvv」
声でししゃもがいるとすぐに分かった。
姿を確認しようとしたら、女の子と一緒にいた。
ピンク色のツーテイルというやたら派手な女の子だ。その頭にはもうひとつ、ナースキャップのような妙な帽子。
「???」
なんでししゃもはあんな子の所に?
そう思いつつ、俺はししゃもを回収しに向かった。
往来だというのに憚りもしない女の子の笑顔は、若さ故の特権だな、とかうっかり考えてしまう俺はもう若くないのかもしれない。
「!」
ふわぁっ
女の子に近付いた途端、むせ返るような甘い香りにつつまれた。
キャラメル、キャンディ、チョコレート。甘い甘い砂糖の香り。
ししゃもはコレにつられたのだろうか。
…甘いもの好きなのか…?これから虫歯に注意してやらないといけないな…。
「…ししゃもー?」
「なーっ!」
少し遠慮がちに呼びかけると、ししゃもはあっさりこちらに向かってぴょこぴょこやって来た。
女の子が、きょとんっ、とした顔でこちらを見る。
「あ、ごめんなさい。うちの猫がご迷惑を…」
全部言い終える前に、女の子が「ああ!」と、ぱん、と両手を合わせた。
「オニーサンのねこちゃんだったの?お名前は?」
「コイツ?ししゃもって言うんだ」
「ヘンな名前ー」
悪かったな。
女の子は俺の肩に乗っているししゃもに手を伸ばして、
「そっかぁ、ししゃもちゃん飼いネコだったんだぁ」
ごろごろ、と気持ち良さそうにじゃれるししゃも。
「オニーサン、ししゃもちゃん可愛いね」
「ありがと。俺もそう思うよ」
そうして、ふたりでししゃもを見て笑った。
「あ――っ、いっけない!休憩時間終わっちゃう!」
突然、女の子が大きな声を上げた。持っていたケータイで時間を確かめて、「あと3分っ?!」とか小さく叫んでいた。
「休憩??」
「あたし、歯医者さんでバイトしてんの。ちょーっと抜け出して来てたのよ」
へへっ、と舌を軽く出しながら言う。
ああ、頭の帽子は本当にナースキャップだったのか。
…なんて、ひとりで納得しながら、
「それは…早く戻った方がいいんじゃないかなぁ…?」
一秒の遅刻も許さない我が社の某上司を思い出して、俺は引きつり笑いで応えた。
「バイト料引かれちゃったら…大変だよ?」
ああ、哀しきかなサラリーマン。俺の頭は所詮金か。
「ん、そうする。じゃあね、ししゃもちゃん、と…えっとぉ…オニーサンの名前は?」
「え?ああ、僕はサトウ」
とっさに一人称を替えてしまうのは社会人だからか。
女の子は目を少し丸くしてからぱちぱちと瞬きして、嬉しそうに言った。
「サトウ?ふふっ、ステキステキ。イイ名前ねvv あたしはミルク!じゃね、ししゃもちゃんにサトウさんっ!」
たたたーっ、と俺らの前を走り抜ける。
すれ違う時、「でもちょ――っと年がねぇー?♪」とか言ってるのが聞こえた。
…何が??
良くは分からなかったけど、ししゃもと遊んでもらったからそれだけで良いと思うことにした。
「帰るか、ししゃも」
「な――――っ♪」
肩にクリーム色を乗せて、俺は再び歩き始めた。
次の日目が覚めたら、ふわぁ…、と甘い香りが微かに感じられた。
あの女の子の…
昨日の事を思い出しながら、俺は会社に急いだ。
歩きながらも、思い出し笑いなのか、自然と口から笑みがこぼれた。
…今日一日、同僚の女性たちから好奇の視線をめいっぱい集めた気がした。
自意識過剰だろうか。
サトウっていう苗字が好き。そんな感じで。
2002/09/12
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